妊娠中に気持ちが落ち込むのはなぜ?産前うつのサインとこころを守るための工夫【医師監修】
- 2026.6.17
- m.i journal vol.60
- コラム

公受 裕樹さん精神保健指定医・産業医
金沢大学医学部を卒業後、精神科単科病院にて臨床経験を積み、現在は都内クリニックに勤務。精神科診療を中心に、患者一人ひとりの心に寄り添った丁寧な診療を行っている。精神医療に加え、産業医としてメンタルヘルス支援や職場環境改善にも携わり、幅広い視点から心身の健康をサポートしている。
資格:精神保健指定医/産業医

妊娠中なのに気持ちが晴れない、涙が止まらない、そんな経験をしていませんか。それは弱さではなく、産前うつかもしれません。この記事では、産前うつの原因やサイン、日常でできるこころのケアについてお伝えします。一人で抱え込まないで、ぜひ最後まで読んでみてください。
産前うつとはどんなもの?

産前うつは、妊娠中のホルモン変化や環境の変化によって心が不安定になる状態です。「妊娠中なのに落ち込んでいる自分がおかしい」と感じてしまう方も少なくありません。まずは産前うつについて、少し知識を深めることから始めてみましょう。
産前うつとマタニティブルーの違い
マタニティブルーは出産直後に起こる一時的な気分の落ち込みを指しますが、産前うつは妊娠中に持続する気持ちの沈みや意欲の低下です。2週間以上、気力がわかない・眠れない・何もする気になれない状態が続く場合は、産前うつのサインかもしれません。自己判断は難しいため、変化を感じたら誰かに話してみることが助けになります。
産前うつになりやすい人
過去に気分の落ち込みやうつを経験したことがある方、完璧主義の傾向がある方、パートナーや家族との関係でストレスを感じている方は、産前うつになりやすい傾向があります。また、妊娠中に仕事を続けている方や、初産で不安が大きい方も注意が必要でしょう。「こんなことで悩むべきではない」と思わず、気持ちを受け止めることが大切です。
産前うつが起こる主な原因

産前うつは、妊娠中に起こるさまざまな変化が重なることで生じると考えられています。原因を一つに絞るのは難しいですが、主な要因を知ることで「なぜこんな気持ちになるのか」が少し理解しやすくなります。自分を責めてしまいそうになったときは、その原因の多くが、睡眠不足や疲労、ストレス、ホルモンバランスなど、体の仕組みによる影響であることも忘れないでくださいね。
ホルモンバランスの急激な変化
妊娠中はエストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンが急激に増加します。これらのホルモンは気分の調整にも関わるため、バランスが大きく変化すると感情が不安定になりやすくなります。イライラしやすくなったり、理由もなく涙が出たりするのは、ホルモンの影響によることが多く、自分の意志でコントロールするのが難しい面もあります。
環境の変化や将来への不安
妊娠は喜ばしいことである一方、生活環境や役割が大きく変わる転換期でもあります。「ちゃんとお母さんになれるかな」「仕事はどうしよう」「お金のことが心配」といった不安が積み重なると、気持ちが沈みやすくなるでしょう。また、体の変化や体調不良が続くことで、さらにストレスが高まる場合もあります。
こころとからだに現れるサイン

産前うつは、気持ちの変化だけでなく、からだの不調として現れることもあります。「最近なんとなく調子が悪い」「やる気が出ない」と感じていたら、こころのサインを見逃しているかもしれません。自分の状態に気づくことが、適切なケアへの第一歩につながります。
感情面・気持ちの変化に気づく
ほぼ毎日続く気持ちの落ち込み、何をしても楽しいと感じられない、涙もろくなった、イライラが止まらないといった変化は、産前うつのサインである可能性があります。また、「赤ちゃんのことを喜べない自分がおかしい」と感じる罪悪感も、よく見られる感情の一つです。こうした気持ちは珍しいものではなく、多くの妊婦さんが経験しています。
からだの不調として現れる
産前うつは、眠れない・眠りすぎる・食欲がない・疲れが取れないといったからだの症状として現れることもあります。妊娠中の体調不良と混同しやすいため、「ただのつわりや疲れ」と見過ごしてしまうことも少なくありません。気持ちの落ち込みと体の不調が重なって続くようであれば、一度立ち止まって状態を確認してみることが大切でしょう。
産前うつを悪化させないための注意点

産前うつは、知らず知らずのうちに悪化してしまうことがあります。日常の中での習慣や考え方の癖が、気持ちをより重くしてしまう場合も。ここでは、産前うつを悪化させないために意識しておきたいポイントを紹介します。
悩みをひとりで抱え込まない
周りに気にかけてもらっているからこそ、「これ以上心配をかけたくない」と、本音を飲み込んでしまう方も多いものです。しかし、感情を内にためておくことで症状が深刻になりやすく、孤立感もつのりやすくなります。信頼できる人に少しだけ話してみるだけで、気持ちが軽くなることがあります。完全に解決しなくても、聞いてもらえるだけで十分です。
上手にSNSや情報と付き合う
妊娠中は情報収集をしたくなるものですが、SNSで「幸せな妊娠生活」の投稿ばかりを見ていると、自分との差を感じて落ち込みやすくなることがあります。また、不確かな医療情報や不安を煽るようなコンテンツも、心理的な負担になりえます。「今日は見るのをお休みする」と意識的に距離を置く時間を作ることも、こころを守る一つの方法でしょう。
日常でできるこころのケア

産前うつのケアに特別なことは必要ありません。日常の中で、こころをやわらかく保つための小さな習慣を積み重ねることが大切です。できる範囲で取り入れられるものを見つけてみましょう。
睡眠と休息を優先する
こころの疲れは、からだの疲れと深く結びついています。産前うつの予防と回復には、十分な睡眠と休息が欠かせません。「もっとやらなければ」という気持ちを手放し、横になる時間を意識してとることが大切です。完璧に眠れなくても、目を閉じてからだを休めるだけで気持ちが落ち着いてくる場合があります。
安心できる習慣を作る
好きな音楽をかけながらぬるめのお湯に浸かる、窓を開けて深呼吸する、日記に気持ちを書き出すといった小さな行動が、気持ちをほぐすきっかけになります。「何か特別なことをしなければ」と思わなくても大丈夫。今日の自分が心地よいと感じること、安心できる時間を少しでも作ることが、こころのケアにつながります。
パートナーや周囲との関わり方

産前うつは、一人で乗り越えようとするよりも、周囲とのつながりの中でケアしていくことが効果的です。パートナーや家族、友人との関わりを少し見直すことで、こころが楽になることがあります。
気持ちを言葉にして伝えてみる
「うまく説明できない」「わかってもらえないかもしれない」と思っても、気持ちを言葉にすることには大きな意味があります。「最近なんか辛くて」の一言でも十分です。パートナーに正確に理解してもらえなくても、話せたこと自体が自分の気持ちを整理することにもつながります。まずは小さな一言から始めてみましょう。
家族やサポートを上手に頼る
妊娠中は、家事や仕事、体の変化への対処でエネルギーを使いやすい時期です。「これくらい自分でやらなければ」と思う気持ちはわかりますが、誰かに頼ることも大切な自己ケアの一つでしょう。家事の一部をパートナーに任せる、親に手伝いを依頼する、地域の妊婦支援サービスを利用するなど、使えるサポートに目を向けてみてくださいね。
専門家に相談するタイミング

日常での工夫を続けても気持ちの落ち込みが続く場合は、専門家のサポートを受けることも選択肢の一つです。受診をためらう方も多いですが、相談のタイミングを知っておくことで、いざというときに動きやすくなります。
こんな状態が続くときは受診の検討も
2週間以上、ほぼ毎日気分の落ち込みや無気力感が続く場合は、産科や心療内科への相談を検討してみてください。また「死にたい」「消えてしまいたい」といった気持ちが生じた場合は、早めに専門家に相談することが大切です。妊婦健診の際に担当医師や助産師に話してみるだけでも、サポートにつながる場合があります。
相談することは「頑張れない」ではない
「精神科に行くほどでもない」「もっと辛い人がいる」と感じて受診をためらう方も多くいます。でも、こころの専門家に相談することは、あなたが弱いからではありません。むしろ、自分の状態を正面から見つめ、赤ちゃんのために行動しているということです。どうか「助けを求めること」を、自分を大切にする一つの方法として受け止めてほしいと思います。
まとめ
産前うつ、産後うつ、マタニティブルー…妊娠や出産にまつわるこころの変化には、いろんな呼び名があります。でも、どんな呼び名であっても共通しているのは、妊娠前から出産後にかけて女性の体も生活も大きく揺れ動き、こころに負担がかかりやすい時期だということ。その感じ方や現れ方は人によって本当にさまざまで、専門家でも判断が難しいこともあるくらいです。だから、「これくらいで悩んでいいのかな」と思わなくて大丈夫ですよ。
「なんかおかしい」「いつもと違う気がする」、そんな小さな違和感でいいのです。期間や症状の重さに関係なく、気になったときはいつでも専門家へ相談してみてください。あなたのその感覚は、ちゃんと大切にする価値があります。
m.i(ミィ)は、妊娠中に揺れる気持ちを抱えながら毎日を過ごすあなたに、そっと寄り添いたいと考えています。できることから少しずつ、自分のペースで。完璧を求めなくても大丈夫です。このページが、あなたのこころが少し軽くなるきっかけになりますように。

